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2006年01月05日

外資系生保への転職に思うこと

あけましておめでとうございます。
年末年始はこの年(36歳)にして水疱瘡にかかってしまい惨めな思いをしましたが、仕事に支障のない期間中のことだと割り切って心機一転がんばりたいと思います。

最近前職の信金時代の先輩や知り合いが立て続けに外資系生保へ転職しました。自身の経験も踏まえてエールという意味で思うことを書いていきます。

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昨年保険の見直しをお手伝いさせていただいた知り合いから衝撃の年賀状が届きました。

とある外資系生保へ転職するというのです。

なぜ衝撃かというと時期的にもう遅すぎるというのが一番の大きな理由です。そして承知のこととは思いますが甘くはないということです。

ちなみに私は信用金庫に6年半勤務の後転職しました。今から約7年前です。

当時定期積金の莫大なノルマをごまかしごまかしこなしていて腐っていた自分にとって、外資系生保からの勧誘はとても素敵に聞こえるものでした。

歩合給の世界ですので獲得した保険の掛け金額等で年収は決まっていくものですが、当時見せられた表を今でも鮮明に覚えています。

毎月2万円掛けの保険を10本3年間獲得すると年収は2000万円弱、3万円だと約2900万円、最低ラインでも3年後には年収1200万円強になるという表でした。

この表を見せられたとき自身ついに天使が舞い降りたと思ったのです。

というのは信用金庫の営業で毎月定期積金の新規契約を月掛けで数百万円獲得しており、もしそのペースで3年経過すると阪神今岡や西武松坂の年俸の比ではない給料になってしまうのです。おバカな私は定期積金と保険の新規契約をまったく同じに考えていました。

当然そのようなことはなく、信金時代はいろんなノルマに付き合ってくれたお客様も「なんだ保険屋か」と会ってもくれなくなりました。

やがてメンタルブロックで人と会うのがいやになり、足が止まった時期がかなりの期間ありました。

その後FP資格の取得や同じ信金出身でがんばっている人の話で努力するようになり、何とか最低ラインよりはいい数字を残すことができましたが、当時は定期付終身という日本社主力の保険を簡単に崩す手法やトークがあってできたものです。

それでも近い時期に入社した同じ信金の仲間のうち8割が退職し別の業界に行きました。

現在は定期付終身を崩す手法などで簡単に契約が切り替わることはありません。

また現在は複数社取り扱う代理店の認知度もUPしていますし、来店型の代理店の台頭、インターネットの普及による情報源の多様化もあります。

また最近ある外資系生保が今月末直販ラインを撤退する旨発表しました。私は約4年前直販ラインの撤退に伴い代理店として急遽独立することとなりましたが、この会社の場合代理店ラインもないので直販社員のお客様との保険を通じてのつながりも断ち切ったことになります。

そんな環境下で一社の一営業として果たしてがんばっていけるかということです。

それでも家族に相談して自問自答して転職を決断したのだと思います。ですのでありきたりの表現になりますが、とにかく死ぬ気でがんばってほしいと思います。それでも死ぬようなことはありません。

また現在外資系生保への転職で悩んでいる方はよーく自問自答して決断してください。そして死ぬ気で努力してください。そして万が一撤退という不測の事態があっても自分を売れる人間になってください。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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投稿者 fp-one : 2006年01月05日 16:16

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